食べることは人の営み。ひとつの食には人が長い年月をかけて、自然と対話することで蓄えた知恵が詰まっています。一方、継承の壁が立ちはだかり、存続の危機に直面したり、失われてしまった知恵も数多くあります。
私はこれまで数多くの現場、作り手、食べ手を映像に収めてきましたが、それには単なるアーカイブ以上の価値があるのでは、と考えています。
現状、残念ながら作り手の想いは消費者には伝わってない部分がありますし、消費者はどういう形で食に関わったらいいのか、それを知る方法がありません。地域や伝統を守る食品メーカーやレストランと食べ手が、お互いにおいしさを共有するにはどうしたらいいだろうか。
このテーマに取り組もうと思う背景に、服部栄養専門学校での経験があります。
わたしの仕事先の服部栄養専門学校は、海外のシェフや食の専門家が年間を通して来校し、講習会が行われています。2002年以降、これらの講習会のスライドをはじめとした映像投影などの技術担当者として数多くのシェフたちのかたわらでサポートをしてきました。
来校したシェフがほぼ全員にわたって共通して話しをしていたのは「地域・風土・歴史」をいかに大切かということ。グローバル化が行き渡った社会で、一部のメガカンパニーをのぞけば料理人・食品メーカー、また多くの一次産業の従事者のアイデンティティと持続可能性は、地域・風土・歴史と深く結びついているからです。当時の最新テクノロジーを屈指した作った料理は一見するとコンテンポラリーで、その技術と見た目の鮮やかさが多くメディアで取り上げられていました。しかしシェフたちはその一皿を通して、大地と海と地元の歴史を伝えることでした。
一方で「食育」を広める仕事を通しても同じテーマに触れてきました。食育基本法が2005年6月17日に制定・翌7月から施行され、2年後の「食育推進全国大会」から服部幸應校長の講演スライド制作を担当することになりました。スライドや映像づくりの技術と、海外シェフの講習会での対応経験からご依頼をいただいて、服部幸應校長の話しをどうビジュアライズするかに取り組みながら、これからの食について向き合ってきました。スペインのマドリッドやサンセバスチャン、アメリカ、ブラジル、ペルー、ロシアでの講演では日本の食文化と文脈を限られた時間でどう伝えるかのチャレンジでした。
こういった仕事が統合されたのが2009年2012年に開催された「世界料理サミット TOKYO TASTE」でした。いずれも世界中からシェフや料理関係者が一同に集って料理エキシビジョンや今後の食を考えるカンファレンスが行われました。2012年は開催ディレクターとして運営全般に関わることができました。
また国内からも多くの講習会の開催依頼をいただき、企画段階から魅力あるセミナーづくり〜開催の支援を担当してきました。海外のシェフや生産者のみなさん、また国内の方々も「伝えたい」という強い思いは同じです。そしてそれぞれに魅力的なストーリーがあります。最初からパンチの効いたすてきなストーリーもあれば、打ち合わせのヒヤリングをしているうちに身を乗り出して聴いてしまうようなケースもありました。
作り手の話しを聞いて食べると、何も知らないで口にしたときより何倍もおいしくなります。「知ることで出会えるおいしさがある」のです。
この2つの大きな流れと同時に取り組んできたのが映像づくりでした。
かつて撮影機材はもちろん編集機材も高価なものでしたが、デジタルカメラの普及、AppleのFinalCutProの登場などで一気に敷居が下がってきました。インターネットの普及とともにWEBページに動きをいれるデザインも盛んになるなかで、ついには映像そのものをWEBに掲載する技術も開発されてきました。このころはYou Tubeは存在していないので個々に手探りでの掲載でしたが、飛びついて自分で撮影・編集・公開をするようになりました。
撮影するテーマはもちろん食です。仕事・プライベートともに食の作り手をたずねて撮影するようになりました。現地でうかがう作り手のみなさんの話しはどれも引き込まれるパワーにあふれ、畑・海・工場・作業場・店のどれもが作り手の話しと同じだけ雄弁に語っていました。そして「知ることで出会えるおいしさがある」とあらためて強く思うようになりました。
つくる人と食べる人が離れている社会で「食べ物の向こう側」を知るのは、安心や信頼だけではなく「おいしさ」にも関わってきます。本当の意味での「顔の見える関係」を構築するために、これまでの経験と映像づくりの技術を役立てたいと思っています。
さてインターネットの普及によって、食や調理に関する世界中の研究論文に手軽にアクセスできるようになりました。高性能のIHヒーターや小型の真空調理機、スチームコンベクションオーブンなど調理器具もめざましく発展しています。一方でそれらの技術や情報を「どのように活用したらいいか」となるとかえって難しい時代になりました。
現在、世界的に進んでいるのはこうしたあたらしい技術を踏まえた上で既存の調理、伝統的な技法、郷土料理などの検証と再評価・再構築です。冒頭にご紹介した世界中から服部栄養専門学校に来校したシェフの取り組みとはまさにこの一例です。同じことは私たちの暮らしのもっと豊かにおいしくすることにも役立てられます。食材や食品の魅力を再発見し、あたらしいHow toやノウハウを活かした食べ方・料理を映像を通して伝えていきます。
つくる人と食べる人に、同じおいしさを。
そんなテーブルをご用意いたします。
